梅仕事

「梅仕事」。

という言葉は、辰巳芳子さんの書物で初めて知りました。
ご本人の筆によると、お母様が話されていた言葉だそうです。
どこがはじめ、というのはわかりませんが、
(そしておそらく、各家々でそのような言葉があったのでしょう)
いまは、あちこちで聞かれますね。

さて、今年の私の「梅仕事」は、梅干しと梅ジャムにしました。
完熟南高梅で、押せ押せになりつつ、もうだめだ! と、やっとこさ着手。
このへんは、中学1年の初めての「中間試験」から、
一夜漬け性分は変わりません。切羽詰まらないと動かない。とほほ。

梅の下漬けをやっとこさ終わらせ(といっても、塩と焼酎で重しするだけなのに。汗)、
梅酢があがってくるまではわからないので、こちらは写真はなし。というか忘れてた。

んで、初めての梅ジャムはまずまずのできあがりかなー。

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古今東西、保存食というものは作られてきたけれど、
これは「女」達にとって、
心を調えるのにちょうど良い作業だったかもしれない。
私は“女”なので、男がそのようなキビを思いしるのかは知らないが、
捨てることも受け入れることもできない、やりすごすこともできない、
かといって、業火とか情熱とか、そんなものに焼かれるのはとうに過ぎた、
「情」だの、「肌合い」だの、「背信」だの、「@+#&…」だの言葉にならない澱、
のような、もの。をもてあます者にとって、これほど無になれる作業はないのではないか。

保存食のレシピはシンプルだが、その下ごしらえはなかなかに細かい。
けれど、そのひとつひとつきっちりとおさめる下ごしらえを経なければ、
「保存」することはできない。
気の長い地道な作業をもくもくとしてはじめて、
おいしい梅干しも、らっきょうも、口にすることができ、
口にした人の笑顔をみることができる。

なんということのない日常の、何事もない日々の含みに、詰めの甘い背徳が見え隠れする。
表には決して出さず、出せず、般若の形相をして、あるいは表情を失い、
もくもくと梅を煮詰める女たち、ひたすらにらっきょうの皮を剥き続ける女たち、
日に干しては漬けとりだしては干しを繰り返す女達、紫蘇に梅をひたすらくるむ女たち。
が、どれほど連綿と続いてきたのだろう。
その食卓にあがるうまいこなれた味あじを、そのものどもは露程も知らず、あるいは
知らぬ振りをするしか術なく、やがてその身になっていく素を喰ろうてきたのか。

ああ、おとこたちよ、おんなたちよ。


…とでも言いたくなるような、今年の梅仕事でありました。
べつになく、文学的な?いや、妄想か。笑


さて、7月は久々に初出演のお店、
六本木の老舗、IZUMIに出させていただきます。
なにとぞ皆様の応援を賜りたく、ご都合などよろければぜひともぜひとも!
皆様のお運びの程、宜しくお願い申し上げます!
お待ちしております!

●7月19日(火) 六本木 Piano Bar IZUMI
member:中島 薫(pf)、佐藤 忍(b)、金井塚秀洋(ds)、 加藤咲希(vo)、くどうりょうこ(vo)
time:20:00〜、3セット
music charge:¥3,800

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